「おたがいさま」の気持ちが足りないと思う

プレジデントオンラインに掲載されたベビーカーについての記事が、あまりにも酷くて話題になっている。
http://president.jp/articles/-/13600

要約すると、ベビーカーを見かけたら薄ら笑いを浮かべて手伝うけど、内心は迷惑だって舌打ちしてるんだよ。ベビーカーなんて親が楽したいだけのもので、あんなのに乗ってる赤ちゃんは可哀想、抱いてあげればいいのに。

と、なかなか驚くような記事だった。

記事の内容に対しては、何から突っ込んで良いのか、突っ込み所がありすぎて書ききれない。
正気の沙汰とも思えず、まともに相手をしてられないので割愛。


ベビーカーに関しては、日本だけではなく外国でもいろいろ議論がされていたり、全く気遣いが出来ていない母親もいることは確かだけど、ベビーカー問題だけでなく、マタニティマーク問題にしても、やっぱり「おたがいさま」って気持ちが欠落しちゃってるな。って思う。

ベビーカーを押しているお母さんを見たら手を貸す。
お母さんは周りの気遣いに感謝し、邪魔にならないように気遣う。
ベビーカーの話だけじゃない。
世の中全てが「おたがいさま」でしょ?
自分だけは誰にも少しも迷惑はかけていない。って人は絶対にいないと断言できる。


もしかすると、飲み会の帰りの電車で、酒臭いと思われていたかもしれない。
あなたの運転に後続車がヒヤッとしたかもしれない。
あなたが持っていた手荷物が、すれ違う人に当たって痛かったかもしれない。
あなたのつけた香水が、とても不快に思った人もいたかもしれない。
雨に濡れた傘から落ちる雫が、誰かの足下を濡らしたかもしれない。
あなたの話し声が、耳障りだったかもしれない。


今度は、自分が怪我をしてしまい電車での移動は座りたいかもしれない。
急に体調が悪くなり、立っているのも辛いかもしれない。
大きな荷物を電車で運ばなければならないかもしれない。
自分の大切な人が、妊娠出産をして子育てをするかもしれない。

だから、みんなみんな、お互い様って思って助け合うんじゃないの?迷惑をかけないようにって気遣うんじゃないの?

今日は迷惑をかけられたかもしれないけど、明日は自分が知らないうちに、誰かに迷惑をかけているかもしれないんだから。

だから、多少の事は目をつぶるし、助けが必要とする人には手を差し伸べるし、自分が誰かの迷惑になっていないか振り返って気を付けるんじゃないの?

全てに対して「おたがいさま」の精神が欠けているよ。


我が家は春に赤ん坊が産まれ、最近はアーアーウーウー、ギャーギャーと叫ぶ事もしばしば。
泣くのが仕事とはいえ、その度にあやしたり抱っこしたりで、なるべく静かにしてもらうのに必死だ。

ご近所さんに会う度に「いつもうるさくて申し訳ございません」と頭を下げるけど、「いいえー、たまに少しお声が聞こえるけど、ウチの子はもう大きいし赤ちゃんの声って懐かしく思ってるので、もっと聞かせて欲しいくらいです」と、仰っていただくので、申し訳ないやら有り難いやら。

デモ!そんなはずは無いのだ。
赤子と思えないほどの声量で叫び、親でさえ驚く程なのだから、バッチリ聞こえているはずだし、うるさいだけのはずなのだ。
だって、隣の家のお兄ちゃんが聴く音楽がステレオから流れてくるのが、我が家にたまに聞こえてくるから。

だから、おたがいさまですよ。と、思って気を使って生活しているから、(表面的だけかもしれないけど)ご近所さんと上手くいくのだと思う。

自分さえ良ければ。って人が多すぎるよ。
ちょっと前までは、そんな人は少なかったと思うんだけど、どうしてこうなっちゃったんだろう。


天に向かって吐いた唾は自分にかかるのに。


話は最初に戻って、この記事を書いた人はもう相手にしないとして、これを掲載したプレジデントオンラインがどうかと思うんだよね。

プレジデントと言えば、エグゼクティブ層に向けた雑誌で、一番売れている雑誌と自負しており、内容も考えさせられ、読ませてくれる雑誌で、年間講読者も多い。
プレジデントオンラインのキャッチフレーズが「仕事人×生活人」のための問題解決塾、だそうだが、解決どころか問題の本質さえわかっていないような記事を掲載するなんて、プレジデント社の理念を疑う。


まぁ、私はエグゼクティブ層じゃないし、経営者にも重役にも一生なれないけれど、人としての誇りを失わずに「おたがいさま」の精神を忘れずに生きていこうと思うし、子供にもそう教育していこうと思う。